「ショスタコーヴィチの証言」を読んで
ずーっと読みつづけていた「ショスタコーヴィチの証言」(ソロモン・ヴォルコフ編/水野忠夫訳/中公文庫)を読み終えた。(1年以上かかった。)約500ページもある大書であるが、実に興味深い内容が多く、手応えのある1冊だった。
本書については常々、偽書ではないかという議論があるようだが、これだけ多岐にわたる事細かな事実を語れる人物が、ショスタコーヴィチ本人以外にいようか?というのが感想である。8割が真実で残る2割がフィクションだというのならまだ納得できるが、100%偽りだとはとても思えない。まあ、真書であろうと偽書であろうと、中身のおもしろさには変わりがない。よくできたフィクションと仮定して読んでも相当おもしろい。
ショスタコーヴィチが「ソ連」という、もう過去形でしか語られない、ある特殊な社会、時代に生きていた事実が生々しく語られている。異常なまでに神経過多な実に刺々しい、暗い時代だった。その文章から感じられる雰囲気は、彼の音楽と実によくマッチしているように思われる。それにしてもよく彼はこんな狂気な世界で生き延びたと思う。1906年に生まれ、1975年に没。決して長寿ではないが、音楽家としては十分生きられたのではないだろうか。もう少し長生きして、ソビエト連邦崩壊まで生きていたら、どんな音楽を書いただろう。(あらぬ余談だが。)
彼の話から、彼がどんな人物であったかが分かってくる。実に、頭脳明晰、考えすぎるほどよくものを考えている。だからこそあんな時代をうまく生きてこれたのだ。自分の音楽にはかなりの自信を持っているが、常に一歩引いて冷静に自分を見つめている。暗い時代でしかも、それ(要はスターリン)に迎合することを強要されたから、彼の音楽にはそれが投影される。しかし頭のいい彼のこと、強要されて音楽を書くなんてことは一切したくない。スターリンをうまく丸め込んだうえで、自分の音楽を彼は書いた。
蛇足かもしれないが、読み終えて、ふと彼は太宰治とよく似ているような気がした。太宰も自分を襲う暗さと戦うことで自分を表現した人物だと思う。考えすぎてしまうほどの思考力、したたかさなどショスタコーヴィチと共通点が多い気がする。太宰に音楽の才能があったら、ショスタコーヴィチのような音楽を書いたのでは?なんていう勝手な想像をついついしてしまうのでした・・・。
私はショスタコーヴィチの音楽をまだそんなにたくさん聴いているわけではないし、よく理解できないところも多いのだが、なぜか惹かれてしまう。とにかく暗く、重い。しかし、実に真剣な音楽。息をするのもはばかれるような、緊張感に満ちみちた音楽。とても寝っころがって聴いていられるような音楽ではない。そういう音楽、いま、この時代にあるだろうか?世の中、「癒し」、「ヒーリング」の音楽が全盛であるが、本当に必要なのは、ショスタコーヴィチのような真実と正面から向かい合うような音楽なのではないか?いまは平和な世の中とされているが、人々の精神はソ連時代と同じように病んでるのではないか?ヒーリングミュージックなんて、所詮応急処置にしかならない。私はぜひいまの時代だからこそショスタコーヴィチを聴くことを勧める。そして、私ももっとショスタコーヴィチを聴こうと思う。