最近行ったコンサート
2001年7月
- 7月7日(土)八王子市南大沢文化会館主ホール
南大沢クラシック音楽コンサート
モーツァルト:「ヴァイオリン・ソナタ第34番」変ロ長調K.378
モーツァルト:「ヴァイオリン・ソナタ第28番」変ホ短調K.304
ベートーヴェン:「ロマンス第2番」ヘ長調作品50
ベートーヴェン:「ヴァイオリン・ソナタ第5番」ヘ長調”春”作品24
ヴァイオリン:ダニエル・フロシャウアー
ピアノ:鳥羽泰子
ここはおそらく家から一番近い音楽ホールである、が行くのは今日が初めて。客席数500のなかなか立派なホール。フロシャウアー氏は何とウィーン・フィルの団員!なぜこんなところに来てくれるのかは不明だが、めったにないことなので行ってみた。客席は7,8割がた埋まり、そこそこ盛況。フロシャウワー氏は1965年生まれとのことですから、今年36歳。
最初のモーツァルト。とても端正で清潔感のあるヴァイオリン、というのが印象。モーツァルトのソナタはどちらかというとヴァイオリンはやや平明で、ピアノのほうが技巧的です。ピアノの鳥羽さんはすでに海外で活躍され、数々のコンクールで優勝している方とのこと。フロシャウアーさんとデュオを組んで何年かになるという。ベートーヴェンのクロイツェル・ソナタのCDも出ています。最初の1楽章を聴いただけでこの方のすばらしさが分かります。ヴァイオリンにぴったり寄り添い、ヴァイオリンの下から、ときには上からしっかりと包み込みます。特にピアニッシモの美しさといったら!音は小さいのに実に明晰な音がします。そして表現の幅の広さ。モーツァルトがそこで喋っているような雄弁さ。28番のソナタの第2楽章は絶品でした。
ベートーヴェンの2曲もフロシャウアーさんのヴァイオリンは実に素直。素直すぎてちょっと物足りない気もしましたが。
アンコールに応えて、マスネの「タイスの瞑想曲」。最初のピアノの序奏、あまりに奥深い音に一瞬にして陶酔状態に陥りました。どこか遠い世界で鳴っているような感覚。最後はクライスラーの「愛の悲しみ」。今日は鳥羽さんのピアノに一撃されました。今度は鳥羽さんの独奏会に行ってみたい。あのピアノでモーツァルトやシューベルトを聴いてみたいものです。
- 7月7日(土)東京オペラシティ コンサートホール
バッハ・コレギウム・ジャパン第49回定期演奏会
バッハ:プレリュード、ラルゴとフーガ ハ長調BWV545
バッハ:カンタータ第37番「信じて洗礼を受ける者」BWV37
バッハ:カンタータ第86番「誠に、誠に、あなたがたに告げる」BWV86
バッハ:カンタータ第166番「あなたはどこへ」BWV166
バッハ:カンタータ第104番「イスラエルの牧者よ、お聞き下さい。」BWV104
指揮:鈴木雅明
管弦楽・合唱:バッハ・コレギウム・ジャパン
ソプラノ:野々下由香里/カウンターテナー:ロビン・ブレイズ
テノール:櫻田亮/バス:ステファン・マクラウド/オルガン:今井奈緒子
先月の教会のコンサートでバッハにはまりつつあったところ、コレギウム・ジャパンのコンサートがあることを知り、楽しみに出かけた。バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏会は1999年10月の第40回定期に続いて2回目。2階ステージ横の好位置を確保できた。
最初はオルガンの独奏。パイプオルガンのピットは2階正面にあり、この席からだと手足の動きがよく見える。曲は3部構成。最後のフーガは堂々としたもので、壮大なゴシック建築を想わせる。これ1曲だけで、バッハにひれ伏したい気になる。
続いてコレギウム・ジャパンのメンバーと鈴木雅明氏が登場。普段あまり耳慣れない古楽器の音も次第になじんで、曲に吸い込まれていく。第86番では、技巧的なヴァイオリンのパッセージが印象的。第166番はオーボエが活躍する。第104番も2本のオーボエが登場する。オーボエの音、やっぱり好きです。
聴きながら思ったのですが、カンタータは決して難しい音楽ではありません。バッハの声楽曲というと、襟を正してかしこまって聴かなければならないという先入観がありましたが、主旨は「難しい聖書を少しでも楽しく分かりやすく」するために音楽を付けたものですから、基本的に飽きないようにできているのです。今日のカンタータの場合、1曲6部構成となっていて、各部ごとに歌い手も変わり、器楽の編成も変わります。1部あたりの演奏時間も数分程度。見ているだけでも飽きません。当時、これが毎週の礼拝のときに演奏されていたのですから、言ってみれば日常的で実用的な音楽だったわけです。
そう考えると、これを現代において、教会での礼拝のときに演奏するならともかく、コンサート会場で演奏するというのは、ちょっと奇妙であり、果たして意味があることなのか?という素朴な疑問も挙がってくるでしょう。単なるいにしえの再現でしかないのでしょうか?でも、私はそれ以上の意味があるのではないかと思います。
全4曲の演奏が終わった後の満足感と、何とも言えない空虚感。もっとあの世界に浸っていたいという欲求。確かにあの音楽には人を魅了するものがあります。プログラムには歌詞の対訳とその解釈まで載っているのですが、それはほとんど理解していません。ですから、本来の意味(聖書を理解するという)では全然聴いていないのですが、それでも聴きたくなるのは、やはり曲そのものに魅力があるからなんだと思います。
無人島に1つだけ持っていくとしたら、バッハの全集かもしれません。(1枚だけといわれると困りますが。)ひとことでバッハの音楽を評するとすれば、「禁欲的」でしょうか。あそこにはベートーヴェン、ワーグナー、ドビュッシーのような魅力はありません。しかし想うに、バッハの音楽は決して雄弁ではありませんが、人間の魅力すべてが含まれているのではないでしょうか。喜び、悲しみ、愛・・・。そう考えると、ベートーヴェンやモーツァルトがなくても、バッハがあれば最低限、音楽を聴くという欲求は満たされるのではないか、そう思えてくるのです。バッハの音楽が、人生で何が必要で何が不用かを諭してくれる、と言ったら過言でしょうか。
- 7月14日(土)世田谷区民会館大ホール
世田谷クラシカルプレーヤーズ第5回定期演奏会
ブラームス:「悲劇的序曲」作品81
チャイコフスキー:「ピアノ協奏曲第1番」変ロ短調作品23
ブラームス:「交響曲第4番」ホ短調作品98
ピアノ:鳥羽泰子
指揮:上杉裕之
先週のコンサートで感銘を受けた鳥羽泰子さんのピアノを再び聴くチャンスに恵まれた。今度は前回と違って協奏曲。「独奏会に行きたい」と書いたが、とにかく聴けるだけでよい。
世田谷区民会館は3年ほど前に世田谷交響楽団の演奏会で来たことがある。ちょっと古いが立派なホールである。「悲劇的序曲」、出だしの音がよく揃っている。と同時にホールのよい音響を感じる。ヴァイオリンがクリアで美しい。ホルンが思いっきり強く吹くのが何だかほほえましい。上杉さんの指揮は明確で颯爽とした印象。
続いてお待ちかねの鳥羽さんが赤いドレスで登場。最初の数分を聞いただけで鳥羽さんのきらめく才能が明らかになります。切れ味抜群のテクニック。チャイコフスキーの協奏曲は技巧性と詩情性を併せ持った名曲だと思いますが、その両方を兼ね備えた演奏というのは必ずしも多くはない気がします。しかし、鳥羽さんのピアノはそのバランス感が実に見事。とにかく絶品としか言いようがない。
本当に喉が乾いているときに、水ほどおいしいものはないと思いますが、鳥羽さんのピアノはまさに極上の天然水です。フォルテッシモもどこまでもクリア。そして雲の上をステップするような軽やかで優しいピアニッシモ。大きく深呼吸するような自然な緩急。上に行こうとするものを無理やり下げたり、といったようなところが全くない。しかし、下に落ちるものをふっと掬い上げるような鋭敏さを持ち合わせておられます。1音だけで会場の重力をぐっと変えるピアノ。ピアノ1台がこれだけの表現力を持ちうるとは!
これだけではどんな演奏なのか見当がつかないかもしれませんが、とにかく聴いた印象はこんな感じです。それにしても、何故こんなにすばらしい方が表舞台(いわゆるプロの集団の中でという意味)でバリバリ活躍していないのか(私の知る限りですが)ちょっと不思議です。少なくとも日本のプロオーケストラと協演したりはされていない様子。たぶんアマチュアの方といろいろご縁があるのだと思いますが。でも、これはアマオケ好きな私としてはとてもうれしい気がします。また今度日本に来られたとき(鳥羽さんはウィーン在住)はどこかの「市民ホールor市民会館」にふらりと登場されるんでしょうね。すばらしいことだと思います。
終演後の休憩時間、ロビーに出ると演奏し終わったばかりの鳥羽さんのサイン会がありました。鳥羽さんはソロと、フロシャウアーさんとのヴァイオリン伴奏の2枚のCDを出されています(いずれも徳間ジャパンより)。私は迷わずソロのCDを買って、ジャケットにサインしていただきました。先週のコンサートに行って感動したとお話したらとても喜んでくださいました。そばにはフロシャウアーさんがヴァイオリンを持って来られていました。(今日は出演されませんでしたが。)ウィーン・フィルの方がこんなところにいらっしゃるなんて、やっぱりちょっと夢のようです。ちょっと興奮気味の私でした。
さて、後半はブラームスの4番。全体に颯爽としていて、金管がものすごく元気なのが特徴。アンサンブルは残念ながらいまひとつでしたが、団員の方の演奏に対する強い意欲が伝わってきました。でも、演奏とは関係ないですが、真夏に聴くブラームスはちょっとつらい。やっぱりブラームスは木枯らしに吹かれながら(?)聴くのがいいかなぁ。
終演後、指揮者の上杉さんがご挨拶。「練習が不充分で、失敗したらもう1回やります。」と笑いを誘い、ブラームスのハンガリー舞曲第1番をアンコール。なかなか立派なものでしたよ。これで一応終わったのですが、いったん散った団員が再びステージにお行儀よく並んでいます。何事かと思ったら、写真撮影。まだお客さん残ってるのに!(笑)。指揮者がクラリネット持って団員に紛れ込んじゃったりと、実に楽しい雰囲気。立ったり、座ったり、いろんな写真を撮っているのですが、最後に「演奏してるところ」ということで、またハンガリー舞曲をやってくれたのです(さわりだけですが)。おかしくてしょうがない。みなさんいいお仲間ですね〜。
大満足の演奏会でした。
- 7月15日(日)太田市民会館(群馬県)
山本禮子バレエ団公演
「白鳥の湖」全4幕
芸術監督/演出・振付:関田和代
音楽監督/指揮:小倉啓介
管弦楽:レイディエート・フィルハーモニックオーケストラ
友人の友達がオーケストラで出演するということでチケットを取ってもらった(同じつながりで1999年1月に「コッペリア」を観ている)。「白鳥の湖」、あまりにも有名なバレエだが、観るのは今日が初めて。
会場が群馬県ということで行きがてら温泉などに寄り道して会場に向かった。何という猛暑!駅前の温度計が38℃を表示している。太田市民会館はかなり大きくて立派なホール。早々にチケットを完売したということで、会場はごった返していた。冷房もあまりききめがない。
山本禮子バレエ団は群馬県に本拠地を置く今年創立26年を迎えるバレエ団。数々のコンクール受賞者を生んでいる名門のようだ。
会場が暗くなると、指揮者が登場、オケピットに入る。序曲の後、幕が開く。城の庭の場面。舞台はよく作りこんである。組曲で有名な”白鳥の踊り”はこう踊るのか、などなど、曲を少し知っているだけあって興味津々。第2幕の森の中の湖のシーン。白いドレスを着た白鳥たちが登場。その可憐の踊りに、これぞバレエだな〜とうっとり。青白く光る妖精たちは、もうそこにいるだけで芸術品という感じ。チャイコフスキーの音楽もここは踊りとマッチして実によくできていると思います。オーボエが奏でる有名な”情景”。もうこの音楽だけで泣けてきますね。何て美しくはかない音楽なのでしょう。第2幕最後の飯野有夏さん演じるオデットの白鳥の羽ばたき。どうしてあんなに腕がしなるの!?あまりの至芸に言葉もありません。
オーケストラも幕が進むにつれ、どんどん乗ってくる。どちらかと言えば荒削りなのですが、何と自信に満ちた演奏なこと。バレエのオーケストラって(オペラもそうですが)、あくまで舞台が中心なのでまずは合わせるだけで一苦労だと思うのですが、そこは相当練習を重ねたのでしょう、実によく合っていたと思います。それよりも、何と音楽的な演奏なのでしょう。音が生き生きしています。
第4幕がやはり見せ場かなと思いました。ヴァイオリンやトランペットのソロで踊るところ、踊るほうも大変だけど、演奏するほうも相当神経を使うはず。でも、両者とも渾身の演技・演奏。そして最後の王子とロットバルトとの闘いの場面。音楽も踊りも高揚し、舞台から何か熱いものがこちらに向かって飛び出してくるような感覚を覚えました。音楽と踊りが完全に一体となった瞬間でした。
正直、見ながら、「バレエにとって音楽はどういう存在なんだろう?音楽がなかったらバレエは成り立たないのか?」など素朴な疑問を感じていたのですが、最後まで見てようやく納得がいった感じがしました。
例えが正しいかどうか分かりませんが、バレエとは「ショートケーキ」みたいなものではないでしょうか?イチゴがないショートケーキがショートケーキでないように、音楽がないバレエはやはりバレエではなくなってしまうのではないかと。確かにイチゴがなくてもケーキはおいしいですよ。また、イチゴだけ食べてもおいしいですよ。でも、甘酸っぱいイチゴがあることでケーキの甘味が引き締まるのでは?
その例えを借りれば、いままで私はショートケーキのイチゴだけしか食べていなかったことになります。今日はおいしいショートケーキをいただきました。
山本禮子バレエ団、すばらしいです。そこらのバレエ教室とは格が違う!みなさん、バレエに人生を捧げているような方ばかりだと思います。そしてその熱意に負けんばかりの演奏をしていたレイディエート・フィルハーモニックオーケストラにも拍手を贈りたいと思います。ブラボーでした。
- 7月24日(火)愛知県芸術劇場コンサートホール
東京フィルハーモニー交響楽団第20回名古屋定期演奏会
ドヴォルザーク:序曲「オセロ」作品93
ドヴォルザーク:「チェロ協奏曲番」ロ短調作品104
ドヴォルザーク:「交響曲第7番」ニ短調作品70
チェロ:セルゲイ・スロヴァチェフスキー
指揮:ヤーノシュ・コヴァーチュ
名古屋に行ったついでにコンサートに行った。東京のオケをわざわざ名古屋で聴くのは新鮮味がないような気もするけど、最近、生で聴いてみたいと思っていたドヴォルザークの7番をやるので楽しみにホールに向かう。
今日はオール・ドヴォルザーク・プログラム。最初は序曲「オセロ」。ヴェルディのオペラ「オテロ」と同じシェークスピアの戯曲ですね、たぶん(自信がない)。前半は静かで幻想的な音楽ですが、後半はなかなか劇的。指揮のヤーノシュ・コヴァーチュさん、お名前は聞いたことがありましたが、演奏を聴くのは初めて。風貌は故ラファエル・クーベリック氏によく似ています。名前から分かるように、ハンガリーの指揮者ですね。ハンガリー出身といえば、ジョージ・セル、ゲオルグ・ショルティ、ユージン・オーマンディ等々の名指揮者が思い起こされます。だからというわけではないですが、コヴァーチュさんの指揮は、セルの演奏を彷彿とさせるものがあります。きりりと引き締まり、密度が高く、かつ呼吸に無理がなく自然な音楽。曲自体は正直、あまり面白くないのですが、この自信に満ちた演奏は魅力的。特にコーダは見事のひとこと。これはすごい指揮者だと思いました。
オーケストラも絶好調です。よく考えると、東フィルのコンサートってまともに行ったことはないかも。1998年12月のジルベスタ-コンサートに行ったぐらいか・・・。今年4月に新星日本交響楽団と合併したばかりですが、出足は好調のようです。ティンパニや金管の”ノリ”はアマチュアのノリです。熱い!
続いて「チェロ協奏曲」。チェロのセルゲイ・スロヴァチェフスキー氏はサンクトペテルブルグ生まれとのこと。お名前は、(指揮者の)”スクロヴァチェフスキ”と紛らわしい人がいるな〜という記憶だけあります。スケールの大きい、朗々としたチェロを聴かせてくれました。ただし、前にも書きましたが私はこの曲が苦手なのです。チェロがどうがんばってもオケ・パートの方がずっとかっこいいので、独奏パートを聴くと非常に欲求不満になるというか、チェリストが気の毒になってしまうのです。オーケストラは引き続き好調。あの輝かしいコーダを聴けば誰もが納得でしょう。
拍手にこたえて、スロヴァチェフスキーさんのアンコール、バッハの「無伴奏チェロ組曲第1番」より第1楽章。バッハの無伴奏チェロ組曲は演奏する人の人生観がそのまま表れる曲だと思います。特にこの第1番の第1楽章、よい音楽です。
さて、これまでの演奏を聴いて、交響曲第7番がどんなすばらしい演奏になるかわくわくしてきます。この7番、8番や9番「新世界より」の陰に隠れてあまり目立たない曲ですが、私はジョージ・セルのCDを聴いて以来、愛聴曲となっています。最近、オーマンディのCDを聴いて、これも名演だなと思い、ぜひ生で!と思っていたところです。わりと最近、アマオケでよく演奏されているようなので、ちょっとしたブームなのかも?
切れ味のよさ、絶妙なリズム感、コヴァーチュさんの指揮はすばらしい。そしてオーケストラの気合の入り方が尋常じゃない!まるで指揮者の指先と楽器が糸で結ばれているよう。この曲、CDで聴く以上にとても複雑な曲ということがわかりました。楽器の使われ方も工夫が凝らされているし、テンポもめまぐるしく変わります。まさにドヴォルザークの野心作。かと言って難解な音楽ではなく、メロディメーカー、ドヴォルザークならではの魅力的な旋律が次々と登場する。この曲は、彼がブラームスの交響曲第3番に刺激を受けた書いたというが、ブラームスよりこちらの方がずっと革新的。むしろ、やや大成した感のある交響曲第8番のほうがブラームス的と言えるような気がする。
この難しい曲をすっかり自分の手の中に入れ、堂々と自信に満ちみちた演奏をする指揮者とオーケストラ。あまりに圧倒的で輝かしくて、表現する言葉を失います。これほどの「7番」、もう二度と聴けないかもしれません。コヴァーチュさんは”首席客演指揮者”の一人のようですが、仮に「音楽監督」に就任すれば、間違いなく最強、最良のコンビとなるはず。楽員からも絶大なる信頼を受けていることは間違いありません。終演後、聴衆といっしょになって指揮者に盛大な拍手を送っている楽員の様子を見て胸が熱くなりました。コヴァーチュさんも非常に満足した様子で、女性の奏者の手に接吻をするほど。
コヴァーチュ/東フィルは聴き逃せません。もう8番、9番の交響曲はやってしまったようですが、何でもいいからこのコンビの演奏が聴きたくなりました。
そしてこの7番のすばらしさを改めて認識しました。この曲はすごい曲です。もしドヴォルザークが8番以降の交響曲(チェロ協奏曲も)を書かずに死んでしまったとしたら、この7番が彼の代表作として残ったはずですし、演奏回数もいまよりもっと多くなったのではないかと思うほどです。
コヴァーチュ/東フィルにブラヴォー!!
☆おまけ☆
手持ちのCDでは、@セル/クリーヴランド管,Aオーマンディ/フィラデルフィア管,Bコシュラー/スロヴァキア・フィル,Cアンドリュー・デイヴィス/フィルハーモニア管,Dリーパー/グラン・カナリア・フィル,あとEバルビローリ/ハレ管があります。それぞれ特徴がありますが、スケールの大きさと録音の良さではオーマンディ盤がお薦めでしょうか。
- 7月29日(日)すみだトリフォニーホール大ホール
日立フィルハーモニー管弦楽団第11回定期演奏会
ハイドン:「交響曲第104番」ニ長調<ロンドン>
ブルックナー:「交響曲第9番」ニ短調
指揮:神宮章
アマチュアのブルックナー。それだけでわくわくするものがある。しかも9番。9番はたぶんこれまでアマオケで2回、プロオケで2回聴いています。さて、今日はどんな演奏になりますか。
最初はハイドン。ハイドン最後の交響曲だけあって、何か深いものを感じさせます。第2楽章はブルックナーもびっくりというくらい、全休止が何度もあります。オーケストラは秀逸です。ちょっと渋味のある弦。全体に重厚な音がします。技術的にもかなりの完成度。指揮の神宮さんはとても優れた音楽センスをお持ちの方と思われます。ハイドンの踊るような躍動感を見事に表現されていました。特に終楽章はすばらしかった。ハイドンの音楽は、本当に音楽が好きな人のための音楽という気がします。音楽することの楽しさの原点がハイドンの音楽にはあるような気がします。
続いてブルックナー。冒頭のトゥッティを聴いて、これは本物だと思いました。音楽の流れに無理がありません。ここまで来るのには相当練習したはずです。第1楽章、独自の表現をときおりのぞかせながらでしたが、ちょっとおとなしめで、もう少し暴れてもいいかなという気もしました。(でも相当のレベル。)第2楽章、ピチカートが速い!と思ったら、ずっとそのテンポ。かなり速い。下手なオケなら崩壊してしまいますが、ここではテンポに付いていこうとする熱意がプラスに作用し、怒涛のような音楽になりました。下品だと言う方もあるかもしれませんが、私はこれぐらい派手にやってくれたほうが好きです。第3楽章、第2楽章のような”怒り”は消え去り、静けさが会場を支配します。ややせかせかしたところのあった演奏に、ゆとりが生まれました。全休止も十分取ります。
「ブルックナーには1つの演奏法しかない。」と言う人がいますが、私もそう思うことがあります。言いかえれば「自然の呼吸に従った演奏」ということになるでしょうか。第3楽章の終結、私は聞こえてくる優しく美しい音楽に陶酔し、瞑想していました。そして、ある風景がすーっと浮かんできました。先週行った沖縄の海岸。時刻は夕刻。最後のホルンが鳴り終えたとき、私にはあのとき感じていた時間の流れと波の音を思い出しました。しばし会場は静寂に包まれていました。心地よい静けさ。ブルックナーの音楽の本質はあのゆったりとした時間の流れなんだと思います。
演奏が終わったあとも私はしばらくその時間を感じることができました。そして、現代社会が生み出した”人工の時間”とのギャップについていろいろ考えをめぐらしていました。
神宮さんと日立フィルの皆さん、今日は良い演奏をありがとうございました。
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