最近行ったコンサート
2003年5月
- 5月5日(月・祝)旧東伏見宮別邸(イエズス孝女会/神奈川県葉山町)
第11回葉山芸術祭/三浦半島の作曲家たち
(1)矢代秋雄:「セレナード」(1949)
(2)矢野義明:組曲「海の四季」作品101(1994)より第4曲”待春”
(3)加羽沢美濃:「砂の風」,「飛べない鳥」(2002)
(4)團伊玖磨:「紫陽花」,「ひぐらし」
(5)團伊玖磨:「ジャン・コクトーに依る8つの詩」(@港/Aレア/B耳/C山鳩/D黒人と美女/E唄/Fよいもの/G偶作)
(6)矢野義明:「ぞうさん変奏曲」(1972)
(7)矢代秋雄:「ピアノ連弾のための古典組曲」(1951,1956改訂)(@Entree/ACourante/BSicilienne/CBourree/DGigue)
(8)矢野義明:組曲「トロピカル・ファンタジー」(1983)より第2曲”ダンス”
(9)團伊玖磨:「ヴァイオリンとピアノのためのファンタジア第1番」(1973)
(10)團伊玖磨:「舟歌」,「花の街」
(11)團伊玖磨:「ぞうさん」,「おつかいありさん」,「お星さま」,「やぎさんゆうびん」,「子守唄」
ソプラノ:太田朋子(4,5,10,11)
ヴァイオリン:藤田将也(1,9)
ピアノ:新美夕紀子(3,4,5,10,11),鈴木麻耶(6,7,8),萩生哲郎(1,2,7,9)
葉山で芸術祭を開いていたのは知らなかった。5月の連休前後に葉山町を中心とした周辺地域で催される小さな美術展、ワークショップ、音楽会の集合体がこの芸術祭だという。パンフレットを見ると、催し物の種類、数とも豊富で、この地域の文化度の高さを感じる。会場の旧東伏見宮別邸は、約80年前に建築された元皇族の住居であったという。室内の調度品に当時の面影が残っている。その一室が今日の会場。約70の座席はほぼ満席となった。
三浦半島の作曲家という興味をそそられる好企画。今日は4人の作曲家が登場する。最初は矢代秋雄(1929-1976)。私は日本人作曲家のことはあまり詳しくないが、彼の名前は知っている。最初に曲を聴いたのは、確かFMで耳にした弦楽四重奏曲だった気がする。日本にもこういうしっかりした曲を書く人がいたんだと思い、テープに録音した(どこかに眠っているはず)。あとは、何故か彼の交響曲のレコード(渡辺暁雄指揮日本フィル)を持っている。(1)「セレナード」は、まだ彼の学生時代の習作で、出版もされていないとのことだが、伸びやかでしっかりした構成、どこかブラームスのヴァイオリン・ソナタを思わせる。
(2)の矢野さんは逗子にお住まいで、地元で知らない人はいないそうだが、私は寡聞にも存じ上げなかった。「海の四季」は逗子海岸をテーマに作られたそうで、そんな曲があるとはびっくり。”待春”は、冒頭はラヴェルのような、後半はラフマニノフのような感じのしっかりした曲。(3)の加羽沢さんはテレビにも出られているので名前は知っています。演奏された2曲は、現代音楽というイメージとは全く無縁の自由で親しみやすい雰囲気。
(4)(5)は團伊玖磨の歌曲。ソプラノの太田さんの歌唱は明晰で日本語がとても美しく聴こえます。(5)ではコクトーの原詩を最初に朗読するという気のきいた試みをされました。各曲は比較的短く、かなり自由で斬新な雰囲気がします。(6)は紛れもなく團氏の「ぞうさん」をテーマにした変奏曲。第3変奏くらいまでは元のメロディが聞き取れますが、そのあとは耳ではついていけなかった…。ここで休憩。
後半の最初は矢代氏のピアノ連弾曲。全5曲。全体に速いテンポ。正直、それほど面白い曲には感じませんでしたが、かなり難しく書かれている曲だと思います。最後のGigueはお二人、熱演でした。(8)は同じフレーズが何度か出てきて、わりと親しみやすい曲。(9)では再びヴァイオリンが登場。こちらはいままでの團氏の曲よりずっとクラシカルな曲。ショーソンの「詩曲」あたりを思わせます。藤田氏のヴァイオリンは美しく、切れ味も良かった。(10)は再び團氏の歌曲。「花の街」は、本当にいい曲です。曲も歌詞も美しい。(11)は團氏の童謡。誰もが知っているポピュラーな曲ですが、その素直でユーモラスな歌に心洗われる思い。特に最後の「子守唄」は、曲もさることながら、太田さんの優しさあふれる歌唱で胸が熱くなりました。ピアノの新美さんとの呼吸もぴったりでした。
窓を開け放った会場には、ときおり外の爽やかな風が通り過ぎ、空の上ではうぐいすやとんびの鳴き声が聞こえ、なんともよい雰囲気でした。やはり三浦半島は最高だなと思わずにはいられません。(三浦半島育ちゆえ)
思い切った企画だったと思いますが、交通の便が必ずしも良くない葉山にこれだけの人が集まったのですから、まずは大成功でしょう。楽器の編成も多彩ですし、途中に演奏者による解説があったのもとてもよかった。必ずしも音楽に詳しくない人も、最後の童謡で心和んだのではないでしょうか。プログラミングも大変良かったと思います。また次回、”新しい”作曲家による演奏会の企画を楽しみにしましょう。
- 5月23日(金)サントリーホール大ホール
日本フィルハーモニー交響楽団第550回定期演奏会
ブルックナー:「交響曲第8番」ハ短調(ハース版)
指揮:小林研一郎
コバケンのブルックナー、と聞くだけで想像が膨らむ。いったいどんな演奏をするのだろうと。今日演奏する第8番は、一足先にチェコ・フィルとの録音が発売された。すぐに購入。過激な演奏を予想したが、ずいぶん丁寧で心のこもった演奏でこれはこれで好感が持てた。昨年9月、世田谷交響楽団と第7番をやることがあり出かけたが、やや雑な印象を持った。そして今回の8番。どんな演奏になるか。
客席は平日にしてはよく入っている。舞台にコバケン登場。冒頭は丁寧な印象。ティンパニはあまり強打しない(もう少しメリハリが欲しい気もする)。音楽の流れは極めて流麗で美しい。歌謡的と言えるほど、呼吸が深く、生理的に無理のない音楽の流れ。オーケストラは、小林の呼吸をよく知っているためか、落ち着いて演奏できるようだ。危ういところがまったくない。
第2楽章はテンポもよく、オーケストラもよく鳴る。弦の刻みがきりっとしていてきれいだ。中間部のホルンもなかなか巧いところを見せる。第3楽章は落ち着いたテンポで、じっくりと聴かせる。第4楽章は、速いテンポでよい出だしである。最後のコーダはテンポをぐっと落とし、巨大な音楽をつくる。このコーダは聴き応えがあった。
しかし、と私は思う。確かに客観的に見れば、流れもよく、オーケストラもよく鳴っており、どこも責めることのできないよくまとまった演奏だった。しかし、私はしびれることができなかった。これは聴きながら自分でも不思議だったのだが、とてもきれいな演奏なのに音楽が心に染みてこないのである。言い過ぎかもしれないが、ブルックナーを聴いた気がしなかった。どこが悪いのかといっても、ひとことで言えないのだが、強いて言えるのは、強奏時に音が汚くなってしまうところか。音が3次元的に広がらず、ただ団子のような塊でぶつかってくる。これは、昨年の7番を聴いたときと同じ感想で、オーケストラが悪いのではなく、小林の音楽の作り方によるものだろう。確かに思いっきり鳴らすので迫力はある。しかし音楽的な強い意味を感じられなかった。
恐らく、小林はまだブルックナーに対してかなり慎重なのだと思う。「いかにうまく鳴らせるか」というところに比重がかかっている気がする。「鳴らし方」にこだわると、ブルックナーは雲隠れしてしまう。よくわからないが、たぶんそういうことなのだと思う。つくづくブルックナーとは不思議な音楽だと思う。
音楽にはあまり満足しなかったが、小林のステージ作りはいつも本当にすばらしい。演奏後、楽員を紹介したあと、定期演奏会では異例だと思うが、スピーチをされた。彼がいかに楽員をそして聴衆を大事にしているかがひしひしと伝わってくる。演奏者と聴衆との距離をぐん縮めるような親近感を抱かせる。実際、あの大きなサントリーホールが今日はずいぶんと小さく感じられた。
コバケンのブルックナーには、5年後、10年後に期待したいところだが、彼が好きであることにはまったく変わりがない。またコンサートに伺うことにしよう。
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