最近行ったコンサート
2004年4月
- 4月11日(日)東京芸術劇場大ホール
第149回宇宿允人の世界
モーツァルト:「フルートとハープのための協奏曲」ハ長調K.299
モーツァルト:「交響曲第39番」変ホ長調K.543
ベートーヴェン:「交響曲第3番」変ホ長調<英雄>作品55
フルート:川人和音
ハープ:奥田恭子
指揮:宇宿允人
管弦楽:フロイデ・フィルハーモニー
宇宿さんのコンサートはしばらくご無沙汰していて、2002年12月の第九以来。今回は宇宿さんのホームページ(→こちら)を作られているwho_senさんから好意でチケットを譲っていただきました。
「フルートとハープのための協奏曲」。冒頭からはじけるようなみずみずしい音楽。フルートの川人さんは最初はやや硬い印象もありましたが、1人だけ突出することなくオーケストラと融和している感じがしました。奥田さんのハープは手慣れた様子。協奏曲での宇宿さんはいつも必要以上に自己をあらわにすることなく、曲のエッセンスを素直に表現している印象があります。聴いているうちにすっかりモーツァルトの世界に引き込まれ、コンサート会場にいることをしばし忘れ、聴き惚れていました。天上の音楽です。
続いて交響曲第39番。冒頭、強固なティンパニの打ち方が宇宿さんらしく、決まっています。全体にみずみずしさは協奏曲以上。39番ってこんなにいい曲だったっけ?と思うほど音楽が新鮮。呼吸が自然で、地下から湧水が湧き出るような豊かさを感じます。楽員もすっかり音楽の中に入っていて、何だか音楽というよりオペラを見ているよう。音が単なる音ではなく、セリフを持ってしゃべっているようなリアルさがあります。一朝一夕には到達できない至芸と言っていいと思います。
休憩後の「英雄」。冒頭の2音。地響きのようなエネルギーが放出されます。たった2つの音ですが、これだけ密度の濃い音はそう簡単には出せません。全体に重厚で力強い演奏。コントラバスの唸りにはっとします。しかしながら、全体として何故かモーツァルトに比べると迫ってくるものがやや薄い気がしました。オーケストラはよく揃っていますし、意欲も伝わってきます。でも、どうしてもこの曲を演奏しなければならぬという切迫感が少し薄いように感じたのです。私だけなのでしょうか?正直、「英雄」はちょっと苦手な曲です。CDなどでも第1楽章はいいのですが、第2楽章以降を続けて最後まで聞こうという気持ちにはあまりならない。まあ、前半のモーツァルトがあまりによかったから相対的にそう感じるのかもしれません。オーケストラの状態はよかったと思います。
最後はバッハの「G線上のアリア」。宇宿さんがアンコールでよく演奏する曲ですが、これは本当に何度聴いても常に最高の演奏をしていただけます。日常の垢にまみれた心を洗う3分間です。何も考えず、できれば目をつぶって聴いていただきたい。クラシックをあまり聴かない人でも、きっと「クラシックっていいな」と感じられる瞬間だと思います。宇宿さんは一部の熱烈なファンだけでなく、幅広い層に聴いていただきたい演奏家です。宇宿さんもそう思っているのではないかと思います。とは言え、本音はもう少しマイナーな曲(というか超メジャーではない曲。フランスものとか、ブルックナーとか。)をやってほしいと思うのは私だけではないでしょう。
- 4月11日(日)東京日仏学院エスパス・イマージュ
ジェラール・プーレ ヴァイオリン・リサイタル
メンデルスゾーン:「ヴァイオリン・ソナタ」ヘ長調(1838)
プーランク:「ヴァイオリン・ソナタ」(1942/43/49)
グリーグ:「ヴァイオリン・ソナタ第3番」ト長調 作品13
ヴァイオリン:ジェラール・プーレ
ピアノ:川島余理
パリ在住のピアニスト川島余理さんの演奏を聴いたのは、江戸川フィルのコンサート(→2002年11月)でした。その後、たまたま小生のページをご覧くださり何度かメールをいただきました。そして今回、日本でリサイタルをされるとの案内をいただきました。ヴァイオリニストのジェラール・プーレ氏との共演。プーレ氏の名前は正直初めはぴんと来ませんでしたが、手持ちのCDが1枚ありました。モーツァルトの初期ヴァイオリン・ソナタ集(PHILIPS
PHCP-9081〜82)。小学生の頃、この中の一部がNHK-FMの名曲の楽しみ(吉田秀和氏の司会。今なお続く長寿番組。)で放送され、当時から熱烈なクラシックファンであった弟がテープに録って繰り返し聴いていたものを、私もそばで耳にしていたのでした。それがプーレ氏の演奏だったのです。
東京日仏学院は飯田橋駅から10分ほど歩いたところ。会場はスタジオといった方がいいような小さなホール。座席数は100くらいでしょうか。でも、入りきらないようで通路に補助椅子を並べて収拾していました。プーレさん、川島さんが登場。
何と魅惑的なヴァイオリンでしょうか。甘くて渋い。「酔いしれる」とはこのことでしょう。聴いているだけで頭が麻痺してくるような錯覚を覚えます。メンデルスゾーンのソナタは初めて聴きました。特別印象的な旋律はないのですが、充実した佳曲だと思います。途中、ヴァイオリンとピアノが速いパッセージをユニゾンで弾くところがありましたが、プーレさんと川島さんの1点の乱れもない演奏は快感でした。続くプーランクは、一転して現代的な響きとなります。しかし現代的ながら美しい旋律がぱっと顔を覗かせるなど、プーランクらしい天才的なセンスを感じます。プーレさんは、体を大きく揺すりながら、ときおりジャンプせんばかりの勢い。御歳65才は若いとは申し上げられないかもしれませんが、こういう激しい曲を持ってくるところが実に素敵です。
休憩を挟んでグリーグの2番。一般には3番の方が演奏の機会が多いのでしょうか。しかし、さまざまな主題が代わる代わる出てきて、飽きない曲です。第2楽章はノルウェーの舞曲風。
アンコールはポンセ=ハイフェッツ編の「エトレリータ」。甘い旋律はプーレさんの独壇場。ため息が出ます。もう1曲、クライスラーの「中国の太鼓」作品3。アンコールにふさわしい楽しい曲。これまで、コンサートで何度かほかの方のヴァイオリンのソロを聴いてきましたが、どうもレコードで聴く印象と違うのは、マイクのせいだろうかなどと思っていました。演奏会場で聴くヴァイオリンはどこか薄味で、弱々しかった。しかし、プーレさんの演奏を聴いて、やっと気づいた。ヴァイオリニストがいけなかったのだ。本物のヴァイオリンの音を聴いていなかったのだ。
終演後、ロビーでしばし待ち、プーレさんに上述のモーツァルトのCDにサインをいただきました。プーレさんは「おおっ」と嬉しそうに眺めて、私のCDを覗き込んでいた隣のファンの人に、CDを指差して「ケッヘル6とあるだろう。モーツァルトが6歳か7歳ときの曲だよ。」と言っていました。最後に握手。ダンディで素敵な方でした。
濃厚で芳醇な演奏を聴いていたら、無性にワインが飲みたくなって、一人ではあまり飲まない私ですが帰りがけに小瓶を1本買って帰りました。これだけ余韻の残る演奏会は久しぶり。いつまでも浸っていたい、そんなヴァイオリンでした。
- 4月29日(木・祝)彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール
マルティン・ヘルムヒェン ピアノ・リサイタル(「ピアニスト100」71/100)
J.S.バッハ(レーガー編):コラール前奏曲「主イエス・キリスト、われ汝を呼ぶ」BWV639
J.S.バッハ(レーガー編):コラール前奏曲「いざもろびと神に感謝せよ」BWV657
シューベルト:「ピアノ・ソナタ第20番」イ長調D.959
ヤナーチェク:「ピアノ・ソナタ」変ホ長調<1905年10月1日>
ベートーヴェン:「ピアノ・ソナタ第21番」ハ長調作品53<ワルトシュタイン>
ぶらあぼを見ていたら、バッハのBWV639の文字を見つけた。この曲は私が敬愛する曲で、3分にも満たないが、心の奥底に響く名曲である。(昨年念願叶って、通っているピアノ教室の発表会で弾くことができた。)もともとはオルガン曲だが、ブゾーニがピアノ用に編曲したものがよく知られている。ほかにウィルヘルム・ケンプが編曲したものもあるが、レーガーが編曲していたとは知らなかった。(私が知る限りCDでは出ていない?)
このコンサートはさいたま芸術劇場主催の「ピアニスト100」というシリーズの71回目に当たる。若手、ベテラン問わず世界からピアニストを100人選び、順々にコンサートを開いていくという壮大な企画である。正直、今日のピアニスト、ヘルムヒェンさんについては全く知らなかったが、演奏会の冒頭、このシリーズの音楽監督である中村紘子氏が登場し、紹介したところによると、第19回のクララ・ハスキル・コンクールで第1位を取った方だそうである。1982年生まれというから、まだ22歳の新進気鋭。
さて、第1曲目がお目当ての曲。この曲を生で聴くのは2回目。1回目は伊藤恵さんのピアノで(→2000年3月名古屋スタジオ・ルンデ)。あのときも第1曲目でした。ヘルムヒェンさんはやや速めのテンポで、しかししっとりと弾きます。レーガーの編曲は、ケンプの版と近く、オルガンの原曲にほぼ沿っていると思います。(ケンプ編との違いははっきりと分からず。トリルがやや違うのと、一部低音の内声部が取り除かれ、よりすっきり聞こえた気もしましたが・・。)なお、演奏中、携帯電話の充電池切れのようなアラーム音が会場に鳴り響き、かなり不快でした。全般に今日のお客さんは静粛度が低く、少々気になりました。2曲目もコラール前奏曲。これは初めて聴きます。BWV639より快活で華やかな雰囲気があります。
次のシューベルトは、聴いたことがあるかもしれないが記憶がない。ベートーヴェンのような堅苦しさはなく、穏やかに緩やかに曲が流れていく。シューベルトらしい平和的な音楽だが、平和すぎて眠くなる。これを聴いて眠くならない人がいるだろうか?と思わせるほど。おまけにとても長いし・・。でもおかげで、体の疲れも取れて、すっきりしました。(演奏の感想になってませんね。。)
休憩後は、ヤナーチェク。彼のピアノ・ソナタなど存在すら知らなかったが、冒頭から訴えるような印象的な旋律。この曲の題名の「1905年10月1日」は、当時チェコでドイツ人と対立するさなか、デモ隊の若いチェコ人が射殺されるという事件をヤナーチェクが目の当たりにしたことによるという。第1楽章は「予感」、第2楽章は「死」という副題が付いている。最初は第3楽章もあったが、初演前にヤナーチェクが焼き捨ててしまったという。第2楽章は、亡き若人を偲ぶ深い気持ちがよく表れている。私の先入観で、ヤナーチェクというのは分かりにくいという印象があったのだが、この曲は作曲者の気持ちが素直に表れていて、予想外に美しく、とても分かりやすい。知られざる名曲を聴いた気がした。ヘルムヒェンさんの演奏も、実に気持ちがこもったもので、この演奏会で取り上げたのは大正解だったと思う。
続く「ワルトシュタイン」。ヘルムヒェンさんのピアノは冒頭から物々しさが一切なく、軽快である。テンポも速く、即興的な雰囲気もある。模範的なベートーヴェンの演奏とはかなり違うが、自分の中から出てくるもので表現しているので説得力がある。また第2楽章前半の思索的な音楽では、テンポを落としじっくり聴かせるなど、決して主情的な演奏ではないことが分かる。第2楽章後半では、再び快速のテンポに。テクニックの凄さにも驚嘆するが、彼が何の縛りも受けずに、自分が感じるままのびのびと演奏しているのがとてもいい。少々荒っぽいところもなくはないが、すばらしい音楽的感性と表現力を持っていることが分かった。
アンコールでは、ショパンのマズルカ、メンデルスゾーンのスケルツォ、ショパンのエチュードを演奏。いずれも彼の自在な表現と驚くべきテクニックを披露し、会場は沸いた。今日のプログラムからも、彼がどんな種類の音楽に対しても自分の音楽を表現できる才能を持っていることがよく分かるが、どのような方向に進んでいくのか、今後が楽しみなピアニストだ。
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