恩納村の海


日 程

2004年9月18日(土)〜9月22日(水)


 今年は8月は仕事のピークのため夏休みは9月にずらすことにしていた。実は去年もそうだった。去年は北海道に行って、釧路、網走、知床、北見、池田、富良野を回った。今回は、前回と逆というわけではないが、沖縄に行くことにした。なぜかスキューバ・ダイビングがしたくなったので、沖縄で資格を取ろうと思った。毎日、東京のような人工物に囲まれた場所で生活をしていると、ときどき思いっきり自然の中に入ってみたくなる。これまではたまにふらりと山に登ったりしていたが、たまには夏の海に行きたくなった。小学生の頃は、近くに海があったため、たびたび海に行っていたが、最近はほとんど行かなくなってしまった。
 インターネットでダイビング・スクールと航空券、宿がセットになったツアーがあったので、申し込んだ。講習を2日受けると、Cカードというライセンスが取得できる。今回は通常3泊4日のところを1日延長して4泊5日にした。前半が講習で、あとはフリーである。ダイビング講習、ライセンス取得料、宿泊料4泊分、レンタカー5日分、羽田−那覇の往復航空券で占めて約11万。宿泊料に食事代は入っていないが、これなら決して高くない。

9月18日(土)
 6時45分のANAで羽田を発つ。幸運にも窓側の席で外が見えたが、今日は雲が厚く、下界は見えず。しばらくまどろみ、ガイドブックを眺めるうち、那覇に着いた。9時15分。あっという間だった。本当は昨年開業したモノレール「ゆいレール」に乗りたかったが、今回はレンタカーを借りるのでパスする。でも最終日には乗る予定にしている。空港ビルを出る。思ったほど暑くない。東京とさして変わらない。
 今日は13時までに那覇の北方にある北谷のダイビング・ショップまで到着すればよい。まだ時間があるので、那覇市内を少し回ってから向かおうと思っていたが、変なところでぐるぐる回ったりしているうちにあまり時間がなくなり、途中のダイエーの中の沖縄料理屋で沖縄そばを軽く食べて、北谷へ向かう。沖縄は予想以上に近代的というか、やはりどこかアメリカ的で他の日本の地方都市とは随分様子が違う。道路も3車線でアメリカ的。

 13時ちょっと前にクラブ・レシオというダイビング・ショップに到着。あまりシステマチックになっていないようで、お店でしばらく待たされた後、車で近くの砂辺という海岸に向かう。ここで器材の扱いの説明を受けて、海に入る。私以外には、大学生くらいの女の子とその母親の2人。ところが、そのお母様は、呼吸器を付けても「息ができない」ということでリタイア。その後、講習では水中で呼吸器(セカンド・ステージという)を外したり、水中メガネ(マスク)を外したりする練習をする。自分はそこそこ水中は自信があるので、なんとかできたが、水に慣れていない人にとっては結構難しいはずである。14時ごろに海に入って、18時ごろまでめいっぱい講習だった。さすがに体はへとへとになった。
 だが、今日はこれで終わりではない。学科講習があるのである。シャワーを浴びて、近くのスーパーに空腹しのぎにパンを2個買ってきて、19時半から講習スタート。一緒にいた女の子はすでに学科講習は受けているとのことで、私と先生のマンツーマンである。予想問題をベースにテキストを見ながら、ダイビングの基礎を教わる。もっとさらっと終わるのかと思ったが、意外と濃い内容で、勉強になった。水中という過酷な環境でいかに体を安全な状態に保つかということが中心。どれも知らないと、命に係わることなので、かなり眠かったががんばって聞く。2時間半ぐらいかかると言われたが、テストが終了したのが23時少し前だった。テストは50問中38問正解以上で合格とのこと。私はがんばったお陰で48問正解だった。それにしても、教える先生も大変だったろう。感謝。
 今晩投宿する「キャッツイン北谷」は車で5分ほどのところだが、夜ということもあってしばらく迷ってようやく到着。リゾート・ペンションといった感じのこじんまりしたホテル。部屋から海が見える。明日は今日と同じところに8時集合ということなので、寝る。今日は疲れた。

9月19日(日)
 宿で朝食を食べて8時にショップへ。昨日とは違う男性のインストラクター。準備をしてすぐ海に入る。この砂辺という場所は、ポピュラーなダイビングスポットらしく、たくさんのダイバーがいる。昨日の講習の続きと復習。少し海に入るだけで、きれいな魚がいる。水中で先生が説明する前を魚の群れが通っていく。講習はそれほど苦労せず、パス。その後、しばらく海中散歩。海の上から見ると、海中にこんなに多くの魚がいるなんてちょっと想像できない。11時に店に戻り、PADI(Professional Association of Diving Instructors)という団体のCカードライセンスをもらった。あっと言う間といえばそうだが、内容は予想以上に濃かった。
 さて、とりあえず今回の旅行の目的は達成したので、あとは自由である。というか、それ以外の予定は特に決めていない。午後はドライブをすることにする。目的地は、本島の東側にある伊計島。海中道路と橋で結ばれ、車で行ける島である。
 その前に腹ごしらえ。「るるぶ」に載っている「大衆食堂 なじみ」という店に入る。本には「どれも大盛り」と書いてある。私は800円のAランチを注文した。目的地までの道路地図を見て時間をつぶした。25分くらい待ったところでようやくクリームシチューとライスが来た。まさかこれだけではないだろうなぁ、と思いつつ食べていると、「お待たせしました」とドーンと大皿が目の前に置かれた。私は一瞬目を丸くした。皿の上には、ケンタッキーフライドチキンの4倍はあろうかという巨大なチキン。そして大きなトンカツ、ハンバーグ、そして山盛りのポテトフライとキャベツ、その下には玉子焼き。およそ日本人好みではない、盛られ方。そうか、そばには米軍の嘉手納基地がある。おそらくそこのアメリカ人向けのメニューなのだ。このボリュームは日本では考えられないのである。全部食べるなんて拷問に近い。普通の人よりは大食いと自認する私でも、チキンの2/3と、ライスの2/3は残さざるを得なかった。やられました。どうりで出てくるのが遅かったわけです。

 気を取り直して伊計島へ出発。嘉手納基地の中の国道を走り、東へ向かいます。ほとんど街が途切れることがなく、予想以上の人口の多さを感じます。沖縄はもう少しのんびりしたところかと思っていました。本島から東に伸びる与勝半島から平安座島まで海中道路が繋がっています。海の中を立派な道路が走っています。昭和47年に開通したそうですが、よく造ったものです。途中、「海の駅」があるので休憩しました。「道の駅」はあるが、「海の駅」は珍しい。そこから、平安座島、宮城島を通って、伊計島に到着。さすがにここまで来ると、のんびりした感じです。伊計ビーチの駐車場に車を停め、泳ぐことにしました。ビーチは有料で400円。沖縄のビーチは、有料のところが珍しくないようです(沖縄にはハブクラゲという危険なクラゲがいるそうですが、このような整備されたビーチには網が張ってあるので安全だそうです。)。結構人はいましたが、しばしダイビングも忘れて、のんびり海に浮かびました。やはり海はいいものです。
 帰りは本島の東側を回って、北谷へ戻りました。5時ごろ到着し、巨大なジャスコをうろうろして、宿に戻りました。宿のすぐそばの岸壁に出ると、日の入りのとき。しばし夕日に見入っていました。
 再び宿に戻ると急に疲れが出たようで、明日の計画を立てなくてはと思いつつ、体が言うことを聞かず20時には就寝。


北谷の夕暮れ

9月20日(月・祝)
 6時ごろ起床。10時間も寝た。さて、今日の予定を立てよう。やはりせっかくダイビングのライセンスをもらったので、ボートに乗ってダイビングに行きたい。行くならやはり一番人気のケラマだろう。普通は本島を9時ごろ出て、夕方戻ってくるプランなので、前日までに予約しておくものだが、ガイドブックに「当日予約もOK」と書いてあるところもあったので、何件か電話してみる。「今日はやってませんねぇ。」、「ボートが満員で。」とのことで、ダメ。ということで、今日はドライブに変更。本島北端の辺戸岬を目指してみようと思う。1日で戻ってこれるだろうか?9時半ごろ出発。
 国道58号線を北上。まもなく嘉手納基地の真ん中を走るようになる。内地の人間でも沖縄の米軍基地、キャンプの名前は耳に残っている。地図で見ると広大な面積である。恩納村に入ると、左手に海が見えてくる。実に美しいビーチだ。ここからしばらくビーチとリゾートホテルが点在する。一度はこういうところに泊まってみたい。途中、御菓子御殿という大きな御菓子屋で休憩。店の下にビーチがあったので降りてみた。白い砂浜と明るい青の海。思わず見とれてしまうほど美しい。名もないビーチがこんなに美しいとは。やはり沖縄はすばらしい。
 昼前に名護に入る。名護城址というところに車で上がる。展望台からは名護の街並みが見える。海の青さが映える。名護からさらに北上。ようやく風景が少しひなびてきた。車も少なくなり、快適なドライブである。前方に3連の岩山が見えてくると岬が近い。13時15分、辺戸岬に到着。岬は断崖絶壁が連なるなかなかの絶景。南洋カルストという石灰岩からできた地形だそうだ。海の向こうに島が見える。あれは与論島で、鹿児島県である。

 辺戸岬からは東海岸を回って帰ることにする。山道を少し走ると、奥という集落がある。ここはバスの終点。その通り、奥を過ぎると人家がなくなった。ようやくひと気のないところに来た気がする。赤崎というところで、海岸がとてもきれいだったので車を停めて浜まで降りてみる。長い長い砂浜だが、名前はない。観光客らしき人が4,5人、浜辺でくつろいでいるだけ。こんな手付かずのビーチが日本にはあるのだ。ただ、浜の入り口には「ここは毎年事故が発生しています」とある。むやみに泳ぐのは危険だろう。再び車で南下する。
 東側は静かである。西側はかなり近代化されているが、こちらはひなびて、のんびりしている。こういうところで、日がな一日を過ごすのもいいかもしれない。信号もなく、快適なドライブが続く。
 東村の土産物屋で休憩。祭日なのに人は少ない。金武町で内陸に入り恩納村に向かう。米軍のキャンプハンセンの中を通る。帰宅時間なのか、反対車線はアメリカ人の車が列をなしている。今朝通った国道58号線に出て、まもなく今日と明日の宿のペンション・ケニーコーストに到着。17時。ちょうどよいドライブコースであった。
 2階の部屋に案内されると、目の前には海が広がっている。すばらしい眺めだ。しばらく見入ってしまった。まだ明るいので、近くの万座毛というスポットに行くことにした。断崖絶壁の景観。そろそろ日の入りという時間で、夕日目当ての観光客がずらりと並んでいる。夕焼けはまずまずであったが、海を見ていると安らかな気分になる。湾を挟んで、有名な万座ビーチと万座ビーチホテルが見える。上から見ているだけでもきれいで、典型的なリゾートビーチという感じだ。
 一旦宿に戻って、宿から歩いてすぐの「ル・ソレイユ」という居酒屋で夕飯。ゴーヤーチャンプルー、ティビチ、サーモンとアボガドのライスサラダを注文。そしてビールはもちろんオリオンビール。いずれの料理もとてもおいしく、満足満足。ビールの後は、泡盛!ということで「萬座グリーン」という酒を1合頼む。さっぱりしたよい味だったが、なぜか酒の回りがいつもより早く、あっという間に酔い人に。これ以上飲むと歩けなくなる気がしたので、ここで終宴。


黄昏の万座ビーチ

9月21日(火)
 今日は7時に宿(恩納村のケニーコースト)で朝食を食べて、車で北谷に向かう。40分ほどで到着。今日のダイビングショップは「アイランド メッセージ」というところ。ホテルとショップが一体になっていて、結構大きい団体のようである。9時ごろ、浜川漁港に到着。漁港からクルーザーに乗る。全部で20人以上乗っている。
 海風がとても心地よい。何とも爽快。本島が次第に遠ざかり、慶良間の島々が見えてくる。1時間ほどで座間味島の知志というスポットに到着。ここでダイビング開始。まだ2回しか入ってないので、器具の装備に手間がかかり、少々大変だったが、潜ってしまえば、何とかなった。
 確かに透明度は、一昨日の砂辺よりもずっといい。深いクレバスに向かって潜降していく。最初は姿勢を保つのに精一杯で、あまり余裕がなかったが、周りを見回すと何と多くの魚がいること。水族館のようである。水族館のあの魚の多さはてっきり仮想の世界なのかと思っていたが、現実の海の中は本当に水族館のような多彩な世界が広がっていた。何と豊かな海なのだろう。あれほどの魚が存在する必要があるのかと思ってしまうほどだ。40分ほど潜って浮上する。今回の最大深度は19.2mであった。
 昼食後、少しだけ場所を変えて再度潜る。今度はウチャカシというスポット。クレバスの上を泳ぐ。空を飛んでいるような錯覚を覚える。こんな夢を何度か見た気がした。エアタンクのお陰で、地上と同じような感覚で潜っていられるが、これがなかったら人間は数分で死んでしまう。そう考えると少々怖い。今回も約40分で浮上。もっと潜っていたいが、ダイビングの決まり(潜水深度と休憩時間より算出される)で、これ以上潜れないのである。そもそもエアタンクの空気は40分で8割がた消費されてしまうので、これ以上水中にはいられない。
 3回目の潜水をする人を小一時間待って、北谷の港に戻る。船はなかなかの高速で走るので、受ける風がとても気持ちいい。こんなに爽快な風に吹かれるのは久しぶりだ。ダイビングとは実に贅沢な趣味だと思った。時間もお金もそこそこ必要だが、未知の世界に潜入していく醍醐味は確かに一度味わったら病みつきになるかもしれない。

      
ダイビングスポットへ                 座間味島 知志

9月22日(水)
 最終日。今日も天気がいい。窓を開けると渡良瀬の静かな海が広がっている。余計なサービスのないシンプルな宿だったが、この眺めは最高である。今日は車で本島南部を目指す。8時半に出発。
 本島には高速道路がある。最後はこれを使ってみよう。屋嘉ICより乗る。交通量はそれほど多くなく、快適なドライブ。南風原南ICで降りるつもりだったが、カーナビがうんともすんとも言わなかったので、通過してしまった。カーナビの過信はいけませんね。どうやらカーナビの情報が古いようです。そこから先の道が地図上にありませんでした。結局終点の豊見城ICで降り、糸満市を通る。目的地は平和祈念公園とひめゆりの塔。沖縄本島に来たからには一応、主要な観光スポットには寄っておこうと思いました。
 9時半ごろ、ひめゆりの塔に到着。修学旅行生がたくさんいます。ひめゆりの塔は、公園の中に静かに立っていました。塔自体は、特にこれといったものではありません。よく見ると、塔の下は洞窟になっていて、穴が下に続いているようです。これはなんだろう?と思いました。塔の隣に、ひめゆり平和祈念資料館があったので、入ってみることにしました。そこで私は初めて事実を知りました。
 太平洋戦争末期、沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の生徒は陸軍病院に配置され、負傷兵の世話を強いられました。過酷な任務の末、最後は解散させられ散り散りになって、多くの犠牲者が出たということです。「ひめゆりの塔」という映画があることは何となく知っていましたが、その内容は知りませんでした。資料館では、時間の経過に従って順々に出来事をドキュメンタリー的に紹介しています。ことさら恐怖感を煽るようなところはなく、事実を淡々と伝えていますが、一介の女学生が戦争という現実の中に徐々に引きずり込まれ、最後は死に追いやられるという非業な事実を知らされ、身が凍りつくような思いになります。さきほど見た洞窟は、米軍の攻撃から身を護るための防空壕だったのです。沖縄で日本で唯一の地上戦があったことは知っていますが、こうして現実に今いる場所でかつてこのような事件があったことを改めて知らされ、自分の無知を恥ずかしく思いました。このような歴史の上にいまの沖縄があるということを決して忘れてはならない、知らなくてはならないと思います。資料館では、他に世界の平和博物館(アウシュビッツ等)を紹介し、戦争の惨さを後世にどのように伝えていくかということを日々考えていることも知り、大変感心しました。
 沖縄ブームと言われていますが、我々には過去の歴史のことまではそれほど伝わってきません。確かに海は美しいし、食べ物もおいしい。それはそれで沖縄の発展の原動力になっているとも言えるかもしれません。でも、それがイコール、過去の歴史を忘れること、であってはならないのだと思います。沖縄に遊び、観光で来た人にも、必ずここだけは寄ってほしいと思います。一人でも多くこの資料館を見て、真実を知ってほしいと思います。ここに来ただけでも、今回沖縄に来た甲斐があったと思っています。

 続いて車で少しだけ東に走って、平和祈念公園へ。公園の一角にある平和祈念資料館に入る。中は吹き抜けの回廊が伸びており、非常に近代的で立派な建物だ。こちらの資料館でも、主題は戦争である。主に沖縄戦以降、日本へ復帰するまでの道のりをとても分かりやすく紹介している。ひめゆりの資料館は、ひめゆりの少女たちを中心に戦争を紹介していましたが、こちらは沖縄全体での戦争の実態を詳しく紹介しています。戦前に南洋諸島(太平洋の島々)へ多くの沖縄の人々が移住したことも初めて知りました。当時は、現地では日本人、沖縄人、現地人という順に位分けされていた事実も知りました。印象に残ったのは、アジア各国の現在の教科書が展示してあったこと。どの教科書にも太平洋戦争で日本人がいかにひどい振る舞いをしたかが記されています。憎しみを含んで生々しく書かれたものが多く、少しぞっとしました。日本の教科書にはここまではっきりとした書かれ方はされていないと思います。事実を知り、一番反省すべきは我が国のはずです。日本の戦争教育はまだまだ不十分ではないでしょうか。こうした事実を積極的に紹介しようというこの資料館の姿勢にとても感心しました。同じ日本でありながら、苦難の道を歩んできた、そしていまも歩んでいる沖縄の実態を初めて全体感を持って知ることができました。
 複雑な思いで展示室を出ると、目の前には海が広がっていました。青く青くどこまでも広い海。平和って、こういうことなんだと静かに実感しました。穏やかな海が、平和の尊さを無言で語りかけてくるようでした。その後、エレベーターで展望台に上がり、海を眺めました。本当に目に染みるような美しい海でした。資料館を出て、隣にある摩文仁の丘の墓石群を歩きました。ツアーと思われる中国人が来ていました。彼らはどんな思いでここを見ているのでしょうか。

 公園の横の食堂でソーキソバを食べて(やはりおいしい)、車で那覇に向かいます。最後はモノレールに乗って市内を歩きたいので、一旦那覇空港近くでレンタカーを返却。ABCレンタカーという中堅のレンタカー屋ですが、ここは借りるとき、免許証番号を書いただけで免許証の確認もなしですぐに車に乗れ、返すときも、降りるとすぐ空港までの送迎バスに案内されるなど、実に簡単。(というか、適当?)がしかし、送迎バスに乗っていたら運転手さんに無線が入り、「靴を忘れましたか?」と言われ、しまったと思う。ずっとサンダルだったので、靴は後部座席の下に置きっぱなしだったのだ。運転手さんは、「別の者が持ってきます」と一旦私を空港で降ろし帰って行った。しばらくすると別の人が靴を持ってきてくれた。昼間なので暇なのかもしれないが、大変親切なレンタカー屋さんでした。
 まだ14時前。帰りの飛行機は、20時45分発なのでまだまだ時間があります。空港で荷物をコインロッカーに入れ、いよいよモノレールに乗ります。「ゆいレール」という愛称のモノレールは、昨年8月に開通したばかりの新しい乗り物。2両編成にそこそこ人が乗って出発。空港の向こうには海が見えます。高いところを走るので、眺めがよい。那覇に限らず、沖縄は白い建物が目に付きます。27分で終点の首里に到着。首里城に向かいます。  今日は多少、雲が出ているので大丈夫ですが、歩くとやはり暑い。思いのほか長く歩いて首里城に到着。階段を上がりながら中へ入ってきます。最近は沖縄に修学旅行に来る学校が多いのでしょうか。たくさんの高校生がいました。首里城が整備されたのは1992年ですから随分最近のことです。以前の建物は戦争で破壊されたままでした。その後も少しずつ復元作業が進められているそうで、ここにも沖縄の歴史が確かに刻まれています。建物には、日本式、中国式のものがあり、独特のものを感じました。
 首里城を出て、近くの玉陵(たまうどぅん)というところに行きます。ここも首里城を含む世界遺産の一つ。琉球王家の墓です。首里城と打って変わって、静かな雰囲気。中には入れませんが、石造りの重厚な墓室は厳かな雰囲気をたたえていました。途中で激しい雨が降ってきましたが、雨に濡れる墓もなかなかよいものです。結局、私が墓を見ている間、誰一人来ませんでした。まあ、ただの石垣と言えばそれまでですが。

 さて、激しい雨の中、少し歩いてゆいレールの儀保駅から再びモノレールに乗り、牧志駅で下車。那覇で一番有名な国際通りを歩きます。ここは那覇中心の繁華街。三越やOPAがあります。三越の前の平和通りのアーケードに入ってみます。庶民的な雰囲気で、衣料品店が多いのが目に付きます。ずいぶん長い商店街で途中でいくつにも枝分かれしていて、非常に大きい。いくつか路地を進んでいるうちに、元に戻ってきてしまいました。迷路のようだ。それにしてもものすごい店の数です。やはり衣料品屋が多い。こんなに多くてやっていけるのだろうか?売っている服のガラは、結構派手で、ハワイのアロハシャツのような感じ。(アロハも売っています。)東京の人はちょっと派手すぎて着れないでしょうか。ネクタイなども目がチカチカするようなガラで、面白い。迷路のような商店街は、どこか東南アジア的で、内地とは違うユニークなものを感じました。ここは面白いです。もう少し探検したかったが、本当に迷子になりそうだったので脱出。
 OPAのタワーレコードに行きます。いまや日本の主要な都市にあるタワーレコード。どこに行っても基本的に売っているものは同じですが、なぜか私は旅行中、タワーレコードを見つけては入ってしまいます。ちゃんとクラシックコーナーもあり、しっかりとした品揃えでした。実はここに来た理由が一つあって、それは2日前のドライブのときにFM沖縄で聞いた曲が気になったからでした。何気なく聞いていたのですが、とても沖縄的で元気な曲。「オリオンビール」という歌詞があったので、ビール会社のCMかと思いましたが、ちゃんと番組の中でかかった曲。BEGINの曲で題名は「おじい自慢のオリオンビール」とのこと。CDが出ていたら欲しい!と思ったのでした。探してみると、沖縄コーナーがあり、その中にあった!試聴機に入っていました。「オジー自慢のオリオンビール」、CDシングルで1000円。しかも沖縄限定だそうで、即レジへ持って行きました。自分へのいいお土産となりそう。
 OPAを出て、県庁方面へ国際通りを歩きます。お土産物屋がやたらに多い。1/3ぐらいは土産物屋ではないか。それだけ観光客が多いということだと思いますが、市街地でこんなに土産物屋が多い都市は初めて見ました。京都でもこんなではありません。県庁前の交差点へ出て、18時前。さて、最後はこの辺でご飯を食べて帰ることにしよう。少し国際通りを戻って、海援隊という居酒屋へ入る。何とここ、100円で最初の45分間、ビール飲み放題とのこと。これでやっていけるのだろうか。料理も決して高くない。定番だが、ゴーヤーチャンプルー、海ぶどう、ヤギの肉、ティビチを頼み、大変満足した。沖縄料理は最高だ。
 帰りは県庁前駅からモノレールで空港に向かう。モノレールは実に便利だ。昨年までなかったのがおかしいくらい。モノレールに乗りながら何気なく乗客の着ているものを見ると、やはり少々アロハ的(?)なものを着ている人が多い。やっぱり着てるんだなぁと実感。出発まで空港の土産物屋をぶらぶらする。

 定刻より少し遅れて23時20分ごろ羽田に到着。あっという間だったが、充実した5日間であった。家に帰るとあの沖縄の空気が消え、いつもの生活に戻ってしまうようで少々寂しかった。しかし、お土産に買ったCDをかけた瞬間、元気になった。
 「オジー自慢のオリオンビール」、何度聴いてもいい曲だ。元気が出る。カップリングの「オバー自慢の爆弾鍋」も楽しい。いずれも単に元気なだけじゃなく、沖縄の人のココロをさりげなく刷り込んでいるところがいい。後者の曲の冒頭の歌詞はこうだ、「♪オバーの鍋は畑で拾った不発弾よ」。これの意味、分かりますか?戦後、モノがない時代に米軍の不発弾を溶かして、鍋を造ったということです。これはフィクションではなくて本当の話です。平和祈念資料館には、実際に爆弾を溶かして作った食器が展示してありました。今回、沖縄に行かなければこの曲にも出会わなかっただろうし、出会ったとしても意味は分からなかったでしょう。
 またソーキソバを食べに沖縄に行きたいです。(結局食べることか!?)

     
     ひめゆり祈念資料館            沖縄県平和祈念資料館からの眺め

〜おわり〜



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